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感性について

「鯉のぼり」という民謡があります。「屋根より高い・・・」ではない方です。著作権も切れていると思うので、歌詞の一番だけ載せますね。
「いらかの波と雲の波
重なる波の中空を
橘かおる朝風に
高く泳ぐや鯉のぼり」

いらかとは、瓦のことです。今でも屋根が瓦でできている家がありますが、あれが波のように見え、また上を見上げるとそこでもまた雲が波を成している、ということですね。「いらかの波」、言われてみれば確かに波に見えますが、日頃からよく周りを眺め、いろんなことを考えている人でないと普通はそんなことには気づけないと思います。よっぽど感性豊かな人なんでしょうね。この作詞者が不明なのを非常に残念に思います。こういう素敵な作品があったらもっと知りたいなあと思いました。詩の本も何冊か買ったり借りたりしていま、読んでいます。

感性は、何も芸術だけにとどまらず、学問の研究の世界でも活きてくると思いますね。
例を挙げると、ついこの間微生物に関する本を買ったんです。

www.amazon.co.jp

曰く、そこらへんの土をスプーンで一杯すくうと、その中には微生物が50億〜100億ほどいるらしいんです。

僕は、まあそれくらいかなあ、と流してしまったんですが、筆者は「このスプーン一杯の土の中に、地球のような世界が広がっている!」と言うんですね。現在の世界の人口が70億ですからそれと同じくらいですし、微生物と一口に言ってもその種類は数え切れないほどあるわけで、それだけの数がいたらその環境を維持するために色々な工夫や相互作用があるはずだと。こういう捉え方もあるんだと思うと、とても面白く感じてきませんか?僕はすごく興味が湧きました。

こういうことに気づけることが、感性なんじゃないかなと思います。当たり前のことに対して、どれだけ豊かな捉え方ができるか。知識があれば良いというものでもないですよね。感性を磨きたいなぁって思いました。

日韓関係について

「今の時代に日韓関係を改善すべきか否か」というディベートに来週参加する予定なので、自分の考えをまとめておこうと思います。

まず、日韓関係の改善を考えるにあたりその言葉を以下の二つの意味に分けます。
(1)国民間の関係の改善
(2)国家間の関係の改善

 

結論から言うと、(1)には賛成ですが(2)の現時点での実行にはやや反対です。

そりゃあ、どちらも改善すべきかどうかと言われれば改善すべきなんですが(良くなることを改善というのですから)、それでは討論にならないので、ここでは討論の題の「今の時代に」というところに着目して話を進めていきます。
そこで(1)は、偏見や風潮に基づく差別をやめて、互いの理解を深めようと努めることなどを指すとしましょう。
僕はこれについては概ね賛成です。各々個人的な好き嫌いはあるのでしょうし、それはそれで仕方のないことなので、特別仲良くする必要もないとは思います。ですが少なくとも侮蔑的な発言や書き込みは今すぐやめるべきです。よほど偏った思想に囚われた方でない限り、これに反論される方はおそらくいらっしゃらないだろうと思います。

しかし、「差別発言反対」なんていっていたところで状況が改善するわけではありません。では、どうするのか?僕は教育しかないと思っています。きちんとした教育を通じて、正しい知識を身につけて、まっすぐに歴史を見つめることで偏見と先入観を排除し、対立を煽る風潮に流されない人間になる。国民の意識が変わるのには何十年を要するでしょう。何百年と拭いきれなかった互いの嫌悪感が、一年や二年で解消されるなんてことはあり得ません。ヨーロッパだって、300年の間に三十年戦争と二度の対戦を経験して、それでようやくECSCができたのですから。遠い先を見据えた教育が最も必要だと思います。
幸いなことに、政府が行った全国世論調査によれば、日本では世代が若くなるにつれ韓国への抵抗感が薄れていく傾向が読み取れます。僕は不可能ではないと思いますね。

 

一方、(2)については僕は慎重派です。というより、(1)がそれなりの水準でクリアされていない限り(2)は現実的に難しいと思います。

韓国では、反日を掲げなければ大統領になれないような状況です。2015年の日韓合意にも納得できていない国民も多い。また日本でも、Yahoo!Newsなどインターネット上では韓国人に対する侮蔑的な書き込みが相次ぐ始末(書いている人数は日本国民全体から見れば少数かもしれませんが、それに賛同するユーザーが反対するユーザーを大きく上回っているのです)。こんな状態では、日本と韓国の関係を強めていくのは世論の反発があり容易ではないでしょう。北朝鮮に向き合う際に連携は必要だと思いますが、それは日韓関係を本質的に改善することにはならないでしょう。

 

というように、まず教育を通じて(1)を実現するだけでかなりの年数を重ねなくてはいけないため、(2)はまたそのさらに先になるのでしょう。「今の時代」というのがどこまでを指すのか曖昧ですが、ここでは(1)の改善を「今の時代」にやったとすると、(2)の意味での改善は「次の時代」に当たるだろうと考えることにしました。

 

ディベートまではまだ時間があるので、もう少し色々調べて考えて、また追記します。 

北朝鮮と核

四月は、北朝鮮情勢が一気に緊迫した月でした。まだまだニュースから目が離せない日々が続きますね。

とはいえ実際には、特に注目された4月15日も4月25日も、結局核実験は行われませんでした。

それでも15日と29日には弾道ミサイルを発射しましたし(いずれも失敗しましたが)、26日には大規模な砲撃実験を行いましたね。

このミサイル失敗は、アメリカのサイバー攻撃によるものだという見方も一部にはあるようです。

【北朝鮮情勢】サイバー攻撃で実験妨害か 米軍、北朝鮮ミサイル標的 失敗率88%のミサイルも - 産経ニュース

砲撃訓練の映像はニュースで見ましたが凄まじかったです。

 

また29日は、鉄道機関がいくつか停止したことも話題になりました。着弾するということになれば、動いていたって変わらないのかもしれませんが。ビビりすぎだという声もあるようですが、僕は安全策をとって多少停止させたって別段構わないと思います。10分程度だったみたいですし。

 

今回の緊迫した状況を巡って、危機感を抱くべきだという意見もあれば、煽られるのは愚かだという意見もあります。僕は、個人的には一国民として多少は危機感を持っておかなくてはと思っています。何が起こるかわかりませんから。とは言っても、せめてニュースを見るくらいはしておこう、くらいなもんですけど。

 

核について

 

これは、昨年9月に北朝鮮が第五回の核実験を行ったときから思っていることなのですが、果たして日本は、北朝鮮に対して一体どういう理由で核の開発をやめろと言うのでしょうか?日本はアメリカの核の傘に守られていながら、北朝鮮に対してはそれを放棄しろと言う。別に僕は北朝鮮を擁護したいわけでもなんでもないですが、向こうからしたら、それはちょっと待てとなるのではないか?北朝鮮の核実験を受けて、アメリカは当然強く批判しましたが、アメリカだってかつて核実験をしているではないですか。自分は核を作っておきながら、後になってそれを持とうとする国を批判するというのはいささか理不尽に思えます。

 

そもそも僕は、核のない世界なんて平和とは程遠い世界だと思っています。仮に、核あるいはそれ以上の威力の兵器が地球上に一切存在しないとしましょう。もしそこで、とある国が核を開発してしまえば、その国の相対的な軍事力は一気に高まってしまいます。つまり、核のない世界というのは不安定極まりない世界であり、非常に危険です。

ともすれば、二度も原爆を投下されている日本人としては、核の廃絶を唱えていくべきなのかもしれませんが、上記の理由から僕は核という重しは世界の安定のために必要であると考えています。それを使うのは最悪ですが、使わないのならばあったほうがいい。それに、世界から核を完全になくすというのは現実的に不可能でしょう。仮に各国が核をなくそうと努めたとしても、それに代わる兵器を持とうとするに決まっています。結局それでは意味がない。

 

話を戻しますと、核保有国による核非保有国の核開発への批判に正当性を与えるためには、核保有国が、核なき世界を目指し核保有量を減らす努力が条件となるでしょう。しかし上で述べたように核なき世界の実現など目指すべきではない。したがって、核開発の放棄を迫る正当性はどこにも見出すことはできません。

 

 

僕自身、独裁政権である上に軍事的挑発を繰り返している北朝鮮は信用できませんから、同国が核を持つことは当然安心できることではありませんが、結局それを放棄させることは、現時点では諦めるしかないのかもしれないと思っています。

 

終わりに

思っていることをつらつらと書いてみましたが、自分の勉強不足を実感しました。特に核についてはもっと知識や考えを深める必要があると思いました。今後、意見が変わることもあるかもしれません。

何か思うことのあった方は、ぜひコメントやブックマーク、あるいはツイッターのDMでも構いません、ぜひ議論しましょう。

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芸能人は政治的発言を控えろという風潮

数日前のことですが、市川海老蔵さんの政治的発言が話題となっていましたね。僕はニュースで知りました。
その記事リンクはこちらです。
http://ameblo.jp/ebizo-ichikawa/entry-12265743103.html

 

ネット上ではやはりいくつか反応が見られたようです。そして僕が想定していたものもやはり、ありました。それは「タレントが政治に口を挟むな」というもの。
タレントや芸能人の政治的発言を嫌悪するような、一部の風潮は僕は以前からおかしいと思っていました。
政治とは結局は人間集団を運営していくことですし、そこには全ての国民が例外なく関わっているわけですから、どのような職業であっても政治的な発言というのは認められるべきです。政治については、一人ひとりが考えていかなくてはいけないはずですから。
それを「コメンテーター気取り」だの「政治に興味あるタレントってダサい」だの言って批判する(批判でも何でもないような気がするんですが)のは、感情的で非常に幼稚な物言いだと思います。

専門的な番組に出演したにも拘わらず当たり障りのないことしか言わない、とかならわかります。しかし今回のケースでは、単に彼が個人のブログに投稿しただけですよね。その内容はともかくとしても、個人的に政治発言をすることを咎めるのはどうかと思いますねー。

 

日本人の間で政治についてあまり議論されないことも関係しているんでしょうね。それには政治教育があまりなされていないこともきっと関係しているはずです。今回は薄っぺらいことしか書けませんでしたが、インフルが治ったらもう少し詳しく調べてみます。

久々のインフルエンザ

今日検査したらB型インフルエンザでした。インフルエンザにかかるのは中3ぶりかな?

 

実験は2回までしか休めないので(3回以上休むと落単)、初回からいきなり休んでしまうのはいささか今後が心配です。

 

予防接種はしていたんですがもうだいぶ効力が落ちているのだろうとのことでした。熱下がらないし結構しんどいです。皆さんを気をつけてくださいね。

興味があるというだけでは

おはようございます。昨日から熱出して寝込んでいます。でも今日はだいぶ良くなりました。北朝鮮が話題になっていますが、僕の体温は38度線を超えました(笑)。慣れない環境で疲れがたまっていたんだと思います。

 

さて、僕はいま物理系の学科にいるのですが、生物も勉強したいと思っていますし(当然数学も)、現役のときは文系の学部を受験したこともあり、歴史や政治にも興味があります。

 

ですが、「興味がある」というだけではそこで終わってしまうんだろうな、と最近ようやく気がつきました。何かに興味を持つのはとても大切なことですが、実際に行動していかないと「興味がある」以上のことが言えないまま終わってしまうのだろうということです。月並みな表現ですが、よくアンテナを張り自ら積極的に動いていかなくてはいけないということを実感しました。

 

そこで、実際に勉強を始めてみるわけですが、思ったより面白くないことも少なくないわけです。そこを踏ん張るためには、1人で悶々としているよりも、同じようなことに興味のある人と会って喋ったり、関連する授業を取ったりするのが良いんじゃないかなと。

調べたことをまとめて、このブログでも積極的に発信していこうと思います。